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ART LEAP 2019 全体講評・選評について

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  • 2019.6.23

当センターの美術事業では、2018年より、30代から40代の芸術家を対象とした公募プログラム「ART LEAP」を開催しております。
第2回となる今年度は、審査員に森美術館副館長兼チーフ・キュレーターの片岡真実氏を迎え、2020年2月〜3月に当館で個展を開催する作家の選考を行ってまいりました。今年度は32組の応募があり、7組の作家が一次審査を通過しました。
▶一次審査通過者のプロフィールはこちら https://s-ah.jp/archives/5515/

5月19日(日)に開催いたしました出展作家最終選考会「展覧会プラン公開プレゼンテーション」および、その後の非公開による最終審査を経て、潘逸舟(はん いしゅ)を「ART LEAP 2019」の出展作家に選出いたしました。
本ページでは、審査員による一次審査を通過した全7組の作家の講評と、全体講評を掲載いたします。

ART LEAP 2019 審査員:片岡真実氏(森美術館副館長兼チーフ・キュレーター)

最終審査全体講評

各作家から提案された展覧会プラン中には、神戸アートビレッジセンター(以下、KAVC)の空間を使った展示として完成度を期待できるものは、現時点では残念ながらありませんでした。KAVCにある三つの異なる性質を持った展示空間(ギャラリー、シアター、スタジオ3)を使う場合、やはり一つの展覧会として緻密に構成されている必要があります。その空間の使い方によって鑑賞者がどのような体験をするのか、アーティストは総合的に考えなければなりません。また、クロスジャンルの表現を入口にして、様々な意味のレイヤーを重ね合わせることを可能にするか否かは、ここに集まった皆さんがこれから制作をしていく中でもとても大切なことだと思います。
さらに、神戸という場所の歴史や町の性質に関与するものや、美術だけでなく演劇やダンス、映画といったクロスジャンルの表現を扱う「アートセンター」としての場所性を意識した提案がもっとあっても良かったのではないかと思いました。

各作家講評(審査員講評順)

〈潘逸舟〉
展示プランの再考を受け入れてくれることが前提ではありますが、KAVC、そして神戸との親和性が高いと思われる潘逸舟さんをART LEAP 2019の作家に選出します。
今回、潘さんはプレゼンテーションの中で、神戸の移民の歴史や外国人雇用法などに触れていました。KAVCという場所で作品を発表するアーティストを選ぶという上では、こうした「神戸の場所性、地域性」に意識が向いていることについて高く評価したいと思いました。神戸の歴史についてリサーチを重ねることで作品に説得力が生まれるはずです。こうした意識は大変重要な問題で、KAVCがある神戸という場所に深く関わりながら作品を立ち上げることで、この神戸で作品を発表する意味を伴います。今回、潘さんの提案にはスタジオ3を使った展示空間は無かったですが、作品の中では具体的に場所性や地域性といった文脈が見えてこなかったとしても、スタジオ3を使ってリサーチのプロセスを見せる空間を用意することで鑑賞者にきちんと創作の意図が伝わるものにしていくような工夫と検討は今後不可欠だと思います。

〈オル太〉
もう一つ見てみたいと思ったのはオル太の展覧会プランでした。会場構成もうまくできていましたし、作品の中でオリンピックやホームレスのことなど日本社会におけるタイムリーな課題を取り上げていました。プレゼンテーション後の質疑応答の中でも伝えていましたが、私はVR技術を用いた作品を最近いくつか鑑賞してきていて、一人の鑑賞者としてなかなか自分の中で感動出来ない部分がありました。展覧会をつくるキュレーターとしては「鑑賞者がどのような体験を得ることができるか」という点についてとても大切にしています。今回の展覧会プランにおいては、VRがない場合の映像作品についても提案の中にありましたが、KAVCという場所でこうした試みに取り組んだ上で、果たして仮想空間での体験を超えた何を提示することができるのか、今ひとつ私の中でしっくりとこないところがありました。今後も今回の作品で表現しようとした主題について突き詰めていっていただいて、別の機会に展示を形にしてもらえたら、その時はぜひ作品を見てみたいです。

〈破墨プロジェクト〉
破墨プロジェクトは、着眼点が非常に面白いと思います。今、美術史の理解そのものがいわゆる西洋中心の「直線的な美術史」ではなくて、非西洋圏における複数の近代化と併せて改めて見つめ直そうという時代を迎えていると考えています。
非西洋の一部であるアジアの中で行われてきた活動が、ただ西洋と完全に分離したかたちとしてではなく、西洋における美術の言語も理解し踏まえつつ、その地域の伝統的な文化とどのように融合していくのか。こうした試みの中で、具体や墨人会、走泥社といった、特に関西において一時起こったクロスジャンルな活動が海外から大変注目されています。また、明治以降「美術」の範疇に入れられてこなかった、書道や工芸、陶芸などが、どのように「美術」と接続するのか。もしかすると、今後「美術」の枠組みを広げていくことで、そうしたものと「美術」が少し違う関係性をつくっていくのではないかと考えていくと、破墨プロジェクトの着眼点は非常にタイムリーだなと思います。ですが、やはり具体的な作品において、どうしても先人達の大変前衛的な努力がいくつも作品として残っているので、破墨プロジェクトはそれらを超えるのか、参照するのか、どう扱うのか、というところをメンバー間で更に議論してほしいと思います。どう作品化して鑑賞者にみせていくのかというところを深めなければ、背景にあるテーマの興味深さと歴史に厚みがあるだけに、つくっている作品が逆に浅くみえてしまうというジレンマを抱えていくはずです。今後活動の展開をぜひ見てみたいです。

〈川上幸子〉
記憶や失われたもの、目に見えないものをどのように視覚化するかということには、これまでも多くの作家が取り組んできています。テーマとして追求しやすく、かつ自分自身のエモーショナルなことを起点にしている点で、鑑賞者に伝わりやすい部分もあるのかもしれません。しかし、あまりに一般的なテーマなので、もう少し複雑なスパイスを入れていかなければ、川上さん独自の表現として立ち上がってこないのかもしれません。もし失われたものを人の鼓動のように、もう一度蘇らせることを作品としてやってみたいのであれば、既に用いている蓄光素材以外の素材を用いるべきなのかもしれない。例えば、他の素材を研究しながら、今後いくつか作品をつくることで、川上さんの追求したいテーマが浮き彫りになっていくはずです。それが見えた時にこそ、より面白い作品、表現となるとのではないでしょうか。

〈林智子〉
林さんは、今回エントリーをした方の中では海外での経験も豊富で、そうした経験を背景にして持った関心そのものが非常に面白いです。ですが、鑑賞者が林さんの作品を通じて得る体験の中に、もう少し惹きつける何かが含まれていると説得力があるように思いました。作家としてのキャリアを既に積んできていることもあり、作品の見せ方を技術でカバーできてしまうところももちろんあると思います。ですが、作品が単なる「プレゼンテーション」で終わってしまうのか、どんな見せ方であっても見る人の心に刺さる強度のある作品にできるのかでは違ってきますよね。その要因は作品を構成する素材なのか、展示における鑑賞者の体験なのか、照明の使い方なのか。今回の展覧会プランは提案としては面白いものでした。ただし、林さんが作品の中で提示する「イメージ」そのものの文脈や意味に今後どれだけの強度をもたせることができるか、今後に期待します。

〈井口雄介〉
井口さんは大きなスケールを持つ空間に対して、何らかの造形物を介在させることによって鑑賞者が持つ空間への意識を変える面白い作品をつくっている方だと以前から認識していました。今回提案してくださった展覧会プランを現段階で想像すると、井口さんが想定しているよりも鑑賞者にとっては単純な見え方をしてしまうように思いました。これまで私がキュレーターとして様々な鑑賞者の方たちと対峙する中で感じているのは、空間の把握の仕方は人によってかなり違いがあるということです。老若男女、建築図面を読める人と読めない人でも違ってくると思います。
一方、万華鏡の作品は純粋に面白い作品だと思いました。もし、今回プレゼンテーションをした作家の作品から何点かを選びグループ展としても良いのであれば、この作品はKAVCの空間の中で見てみたいと思いました。例えば、1Fギャラリーに作品を展示して、人の出入りが頻繁にあるKAVCのコミュニティースペースが万華鏡の中に映り込むように設置すれば、鑑賞者にとっての場所のスケール感も変わり、作品を通した世界の見え方が変化していくのではないかと思いました。

〈佐藤健博〉
佐藤さんの作品には、個人的に欲しいと思うほどに惹きつけるものがありました。ただし、今回提案してくださった展覧会プランの内容だと、3ヶ所でスケール感の違いはあれど、鑑賞者にとっては1ヶ所ずつ異なった鑑賞体験を可能にすることは難しいのではと考えました。KAVC内3つのスペースを用いて、例えば、1Fギャラリーは作品が1つだけで、B1のシアターでは、森のように沢山の作品が乱立しているといった展示の仕方もありかもしれません。鑑賞者は最初に作品の仕組みを理解するとわかりやすい。「この作家はこういうコンセプトでこういうものをつくっているんだな」という理解と、実際の作品の視覚的な要素にある驚きが融合すると体験が複雑化して良いと思います。
また、プレゼンテーションで説明があった「剪定」という概念は視点として非常に興味深かったです。例えば、小さな松の木を巨木の縮図として見せる時、そこには日本的な美意識を求めますし、自然に対して人為的な作業を重ねていくところには、コンセプトとしても今の社会の縮図を見ているようで、大変面白いなと思いました。佐藤さんの作品は、会場の場所性は問わず成立する印象を受けました。今回は「神戸」という場所にコミットできる展覧会プランを選出することにしましたが、井口さんの万華鏡の作品同様、グループ展とするのであれば佐藤さんの作品も見てみたかったです。