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KAVC FLAG COMPANY 2020-2021 関連企画|アフタートークレポート|うんなま

2021年3月27日(土)

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うんなま『ANCHOR』
アフタートークレポート

開催公演
2021年3月27日(土) 19:00回

アフタートーク登壇者
繁澤邦明(うんなま主宰)
ウォーリー木下(KAVC舞台芸術プログラム・ディレクター)

ウォーリー木下: 今回の公演が今年度最後の公演になっておりまして。

繁澤邦明: えーっ、これが最後?

ウォーリー木下: いやぁ、本当にアフタートークのしがいがある公演でしたね。せっかくなんでお客さんの意見も是非聞いてみたいなと思っておりますので。まぁ、なんて言うんだろう。100人いたら100人違う意見があるんだろうなって思いながら見てましたけど。一応台本があるってことで、皆さん安心してください。

繁澤邦明: 安心してください、書いてます。

ウォーリー木下: 稽古場で即興で組み上げたわけではないんだよね?

繁澤邦明: 即興立ち上げ系でもないです。ちゃんと書いたことを言わせています。

ウォーリー木下: いやぁ、どうしよう。色々、、でも僕が面白いなって思ったことというか、僕は目を閉じずに見られました。何かずっと見れるものがあったので、そしてお客さんのことも見てました。お客さんがどこを見ているかを見て、そっち見てるんやって。そんなことも思いながら見ていて、僕が神戸アートビレッジセンターって劇場でいろいろな人に演劇を作ってもらった時に嬉しいというかこういう形の舞台と客席の関係をやっていただいた劇団は初めてだったので、それがまずとても新鮮で。ありがとうございます。で、それをただ闇雲に使っているわけではなく。僕は演劇っていうのはお客さんが自分自身で見るところを編集することのできる唯一のメディアだと思っていて、どこを見ていいか自分で決めることができるってのは映像と演劇の大きな違いだなって思っていて。それを十全に使って頂いて、僕は楽しかったです。あとは物語、物語がないってゆうのは、いわゆる僕らが想像する物語がないってことは始まってすぐにわかるんだけど、どうしても人間って木の幹に人間の顔を見てしまうように、頑張って物語を探してしまう癖があって。お客さんはそれとの戦いの訳ですよね。

繁澤邦明: そうですね。特に冒頭はもう戦いまくっている様子を私は後ろからどのステージも見ているんですけど、冒頭ですよね。出てきて、ウロウロしてってそういう始まりはまぁよくあるとして、最初人が出てきて何かが始まりそうな感じになる。ブピーンって音が鳴って、いっぱい人が出てきたらこういう感じなのかって。

ウォーリー木下: アップするもんね。アップしているのに全然始まらない。

繁澤邦明: これは始まるしかないって感じなんですが。

ウォーリー木下: 存在が始まっているってことなのかな?

繁澤邦明: そうですね。後ろから見ていると、物語を求めているお客さんの様子を見て、あーってなる。

ウォーリー木下: 繁澤君はずっとこういう作品を、これ再演だもんね?

繁澤邦明: これは再演なんですが、影も形もあるかな?

ウォーリー木下: 最初やった時とは構造は大きく変えてないんだよね?変えてる?構造も変わってた?

繁澤邦明: めちゃくちゃですよ。初演をコラージュして作っているって言い方が一番正しいかもしれない。

ウォーリー木下: コラージュのように見えていたのはコラージュしたからなんだ?

繁澤邦明: そうですね。

ウォーリー木下: それは意図的に切り貼りしたほうが今の俺には近いってことがあったのかな。

繁澤邦明: もともと僕は作風が切り貼りする人なんですよね。切り貼りするのはいわゆる繰り返し系というか。時間が経って見てみると同じシーンのなのに見え方が変わる、その前後のシーンとのバランスだったり、純粋に何回も何回もして言い方が変わると見えることも変わると。あとは書けないのでコピーアンドペーストをやるみたいな、それをカットアップだって言い張ってやるみたいな。で、今回は特に再演っていうことがあって、でもあんまり初演のテキスト通りにやるって発想はなかったですね。初演がウイングフィールドっていうここより断然小さい小劇場でやって、今回KAVCってまず箱が全然ちがう。初演はウイングフィールドっていう劇場の機構を使ってやったものだったので、初演のままやっていても違うんだろうなって思ってはいた。なので、書き直したりもしてたんですが、あんまりぴんと来ない。初演の「僕なんだか悪いことしちゃいそうなんです」って台詞、一人の男の人の思い込みや妄想をいろんな人が、役者が入れ代わり立ち代わりながら、タスキをつないでいくっていう形だったんです。一人の人をみんなでやるっていうかは、みんなが同じ感覚「僕なんだか悪いことしちゃいそうなんです。」。その人たちが劇場をジャックするって形にしようと思ったので、初演もカットアップして全然違うシーンに替えて続きが立ち上がったり。途中からも、初演のビリビリ・バタって倒れて映像になったりするのは、今回の再演では全然違う繋がり方になっている。

ウォーリー木下: 再演というか初演の進化版というか。

繁澤邦明: リ・クリエーションというと一番かっこいいかもしれませんね。セルフカバーみたいな感じです。

ウォーリー木下: あのカタカナがたくさん出てくる感じは?

繁澤邦明: あれは僕の口癖もあるかも。

ウォーリー木下: そうなんだろうなーって思った。

繁澤邦明: 日常というか、あの本を書いたときは今と違う職場だったんですけど、その時にビジネス用語というかそういうものを聞く機会があった。耳につくから舞台上で言わせてみよう。「ナラティブを阻害されるような気がしてならないよ」とか。あえてカタカナ語をたくさん並べることで日常にある鼻につく感じをピュッとあげてみた。僕が日常生活を過ごしていて鼻についたことを舞台上にあげるっていうみみっちい事です。

ウォーリー木下: 最初に役者さんたちがうわっと出てきたときに、この人たちに感情移入できるのかなって。すごい嫌な感じ?なんだろうな、進むにつれ好きな役者さんにそういう感情が芽生えたからいいんだけど。最初この人たちはどこの奴隷だろってくらいドヨーンとしてたよね。鼻につかせる演出だったもんね。

繁澤邦明: そうですね。鼻につかせるだったり、みんなワガママなふるまいをする。そういう役割をやってもらったっていうことはありますね。結局その、今はロールバックをしまってあるんですけど、僕が今回借景的にイメージしていたのは、今年の1月にやったアメリカの国会議事堂選挙。あれがすごいネットで写真とかを見ていると、本来は議員がいるべきの席のところが全くの空になっていて、仮装した人が俺の城だ!俺の物語だ!ってポーズをとっているやつがあって印象に残っているんです。上手のほうが舞台上のようなものが組まれているんですけど、そこに役者がある種好きなように座っている。別に語るべき物語がない人たち。その発散欲求、語りたいって欲求があるワガママなことをやっている。っていうのが、さっきウォーリーさんが言っていた、ある種逆転して奴隷というか、奴隷感?

ウォーリー木下: なるほどね。でも、それは今回の一つのモチーフとして演劇とか劇場とかいろんな関係が入っていると思うんだけど、役者さんっていうものが途中で空っぽのようなものになって出てくるけど、繁澤君としては劇団員とやっていて、役者って面白いけど大変だよなっとか、本当に変な生き物だよなってことが反映されているの?

繁澤邦明: これはその、当日パンフレットっぽい文章に少し書いたんですけど、緊急事態宣言中に稽古をするってことがだいぶしんどくて。しんどいっていうのは純粋に集合稽古が出来ないっていう、実質的なしんどさがあったんですけど、一番きたのはマスクをつけて演劇の稽古をするっていう身も蓋もなさっていう。僕が勝手に思ったことなんですけど、マスクをつけているってことは本来喋らない方がいいってことじゃないですか?マスクをつけているから大きな声を出してもいいよとかじゃないって思う中で、お芝居の稽古をしますって集まった中で公民館とかで椅子や机を並べてアクティングエリアを組みます。で、今回はこのように舞台空間が広いので、実際にこれよりは狭い空間で練習をすることになる。かつ、マスクをつけた状態。台詞を喋る役者っていうのが、僕はすごくか弱いというか脆いというか、なんだこの光景はって。それもあって、マスクをつけている状態でなおかつ人に喋りたいこと。マスクという本来はこちら側にブレーキをかけるものがある状態なのに向こうに飛ばしたいものがある。それは何なんだろう。いわゆるコロナ禍というものの中で作ることに対して泣いたことでもあるし、現世に漂ってることでもあるのかな。

ウォーリー木下: 演出家をやっているから分かるけど、この答えを成立させているのは、役者さんの能力というか作業というものが実はとても素晴らしくて。まず台本があるんですけど、覚えられないですよね?文脈がないから一番役者が嫌だって言うセリフの流れで。でも、さっき言っていたみたいに矢印はずっと外に出し続ける芝居だから、リアクションがどうしてもあるんだけど、アクションがこんなにもつながり続けていて、作家のイメージが確固にあるから。それを集団、2・3人の芝居なら分かるんだけど、不条理劇ってわりと小劇場でやられることも多いし。

繁澤邦明: 不条理劇だったんですね。これ。

ウォーリー木下: わかんない、これを不条理劇って名付けるべきなのかは。ごめん、俺の主観だったね。

繁澤邦明: 実は仕込みがあった時に、こんな素敵な舞台を作っていただきありがとうございますってスタッフに伝えたら、いやぁ不条理劇ってさぁって話をされたので。。

ウォーリー木下: だとしたら、シュールな不条理劇はなかなか見れないからダイナミックだし面白かったですよ。役者の能力がすごい。

繁澤邦明: うんなまは結構、役者がでづっぱが好きっていうか、僕がではけをするのが嫌いなんですよね。で、そうなると役者が標的に、今回はロールバック式の客席があるわけですけど、実際はフロアに人がいて。そうなると、アウトプットがありまくりの芝居は周りの人が受信しないと成立しない、ただのおバカ芝居になってしまう。もちろんアウトプットの選出作業もとても大変なんですけど、周りの人がそれを存在させるための佇まいって、結構ハチャメチャに書いてしまったのでみんな疲れ切ってしまいましたね。

ウォーリー木下: そうだね。客席から見てるとわかんないけど疲れてたもんね。あっちのエリアにいるってのは疲れるよね。

繁澤邦明: 無茶なこと言われるし。目をつぶらないで下さいとか。

ウォーリー木下: ここでずっと立っている長いシークエンスとかさぁ、あれは役者は大変だよ。全然目も合わないし。しんどいだろうなって思いながらもリズムとしてはあれくらいの長さのものがあるのはそれはそれでいいしなぁ、って思いながら。舞台美術も色々聞きたいことがありますけど、そういえばあの姉妹だけは最後まで姉妹で通すんやって。そこだけはわりと頑なに役柄を守っていることが印象的で。そして最後に海に行っちゃうのもタイトルとつながっているのかなって見ていて。彼女たちが最後に言っている台詞が劇場のことを言っているのか分かんないけど、素敵な台詞だと思いましたね。ちょっとした清涼感というか。

繁澤邦明: 不条理劇って基本、旅に出るじゃないですか?

ウォーリー木下: んー。まぁまぁ、旅に出るっていうか例えばカフカとかだったらぐるぐる同じところを回ってるじゃん。だから、最後に海に出るんだって俺は思ったけどね。

繁澤邦明: そうですね。初演の作品は終わり方が全然違うんですけど、初演は劇場に置いてあるスピーカーに「僕なんだか悪いことをしてしまいそうなんです」って言ってた人が、劇中で俺はハイジャックしたって言いだして、あの爆弾が爆発したら劇場が粉々になりますって言って窓が現れる。それは外との接続のつもりなんですけど、爆発したら暗転で終わるって芝居だったんですけど。ANCHORってリレーの最終走者って意味ももちろんあるんですけど、船の錨のことをメインの意味としていて。錨ってその船をその場所にとどめるためのものじゃないですか。今回、錨がない状態だと人はどこに行ってしまうのだろう。自分はその場所に下りている錨って何なんだろうなってことが通奏低音、意識してはいるんですけど。最後の姉妹が旅に出るってことは舞台上が一回常設の状態、舞台は残ってはいるんですけどなくなった後に演劇としての想像力は続いてるってことを匂わして終わりたかったってことがあります。

ウォーリー木下: ここがテント小屋とかだったらよかったのかもね。そういう感じもイメージとしてあったんだ?

繁澤邦明: 本当にあえてアングラっぽい絵を意識したってことはある。

ウォーリー木下: じゃあ、ここは爆破が起きた後ってことなんだね。

繁澤邦明: 台本のト書きには、今回のやつにどう書いてあったかはあれですけど、化石というか瓦礫。かつて劇場があった場所。って書いていたと思うんですけど。

ウォーリー木下: これ読んでいい?最初のト書き。これ読むとみんなにもいいかもよ?

上演時間は60分~80分。
劇場に存在する俳優は、暴徒か、ウィルスか、言葉か、電波か。
いずれにせよ、本能的に瞬間瞬間を生きる気ままな存在である。
生命体としての、劇場。舞台に客席、その間をつなぐ花道。
あるいはスクリーンにパネルといったものが、化石、もしくは臓器のように存在する。
劇場では、命を刻んでいる音が聞こえる。
水の流れる音、微かな鼓動の音。ゆっくりとした脈のような音と光の変化。
完全にナマモノとしての音のみでなく、ジジッ、ジジッという電磁音が、不定期に聞こえる。
劇場には、外部からの異物が存在している。
やがて、開演時間となる。舞台上に光が入る。


という始まりなんですね。これを聞くとちょっとはなるほどって思うかな。この劇場を使う上で、僕は最後にトラスが上がっていって客席がしまわれるのって本当は同時にやりたかった?同時にやらなかった理由ってあるの?できないのか。ダメだったんだ、それはこっちのせいだね。ごめんごめん。今後はどういうものを作っていきたいとかあるの?

繁澤邦明: ちょっと今回は疲れましたからねぇ。また狭い場所で作ってみたいなって気もしないではないし。

ウォーリー木下: そうなんだ?今回のアトラクションのような、最初入った時にヒーローショーのステージのように見えたのね。そんな場所で突然こんなものが始まるってことが面白いし、前もやってもらったような回遊型とか、役者がうろうろしながらやるような新しい表現の方法にぜひ挑戦してみたらって思いましたけどね。

繁澤邦明: 僕も本当にそのいわゆるコラージュとかサンプリングとかはわりと好きなほうだと思うので、映像をバリバリ使うことも好きなので、そういうことを機会があったらやってみたいですね。

ウォーリー木下: ぜひ、またこのKAVCでも新しい作品を作ってください。それでは、ありがとうございました。