|溝田幸弘|「分かり合う」こと
2年目に入った“KAVC FLAG COMPANY“。開幕を飾った「パンと日本酒」は、地元・神戸出身の演劇ユニットAhwoooによる作品である。
俳優の牧野亜希子と如月萌、作・演出の中野そてっつ。3人は高校生の時にKAVCでの高校演劇祭で出会い、2017年に旗揚げしてからは「いつか神戸公演で故郷に錦を飾る」ことが目標だったという。今回が初見であった。
舞台はどこかのビルの地下。小野田(牧野)は初顔合わせの御崎(如月)と、与えられた仕事に取りかかる。格納されている謎の生物・カガチミムス、通称オオツオロチの管理である。何やら危険な水棲生物らしく、取り扱いには厳しい注意を要する。
リーダー役の小野田は生真面目で、御崎はチャラい。対照的な2人は、初対面のあいさつからぎくしゃくしている。そんなところに緊急事態。どうやらカガチミムスが脱走したらしい。警備員室に連絡しても返事がない。2人は力を合わせて立ち向かうことに―。
ストーリー的にはSF、サスペンスなどに分類されるのだろうが、最初はそういった作品を見ている感覚はなかった。芝居的にテンポ良く、けれどもちぐはぐな2人のやり取りを、苦笑し、時にイライラしながら見ていたら前半が終わっていたという印象だ。コミュニケーション不全に焦点を当てた会話劇、という感じだろうか。
そうした印象が得られたのは、中野の人物設定と俳優2人の役作りがしっかりしていたためだろう。融通の利かない小野田という役回りを牧野はいかにも神経質に、適当だけれど抜け目のない御崎を如月はいかにも小賢しく演じていた。
職場でも学校でも、人の集まりがあれば馬の合わない人というのはどうしたって存在する。そしてドラマや映画では、緊急事態が起こり、反目し合っていた登場人物の間に友情が生まれたり、恋に陥ったりする展開は珍しくない。非日常的な状態に置かれて「いつもの自分」という仮面が失われ、素の人間性を見せ合うことを通して「分かり合う」。そうしたプロセスに、観客の私たちがホッとする、カタルシスを得るという塩梅だ。
しかし本作は、そんな甘っちょろい道筋を選ばない。表面上は力を合わせつつ、2人はそれぞれまったく別のことを考え、会話はかみ合わない。まさに「分かり合えない」2人の話である。
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館内の換気を兼ねた休憩を挟んで後半。少しずつ非現実的な色彩が濃くなってくる。脱走したカガチミムスは手も足もあり、そこらを歩き回っているらしい。何ものかが別のフロアを這い回る不気味なSEがホールに響く。さらにビルの外では、カガチミムスによるテロが発生している、というニュースも飛び込んで…。外に出られない2人に、不安要素が次々と襲いかかる。
目に見えない敵におびえ、マスクを着け、行動を制限される。現在の私たちと同じ状況に置かれた2人は、少しずつ素顔をさらけ出しながらも心にはなお隔たりがある。実は2人の価値観、考え方の相違にはそれなりの理由があり、物語の進行に伴って明らかにされるが、結局、最後まで2人が分かり合うことはなかった。
物語において「分かり合うこと」はカタルシスになるのではないか、と先に述べた。それは裏を返せば、現実において私たちが「分かり合う」ことがいかに少ないかの証左でもあると思っている。あるいは、分かり合うことの面倒臭さとも言うべきか。なにせ、出会ったすべての人と分かり合おうとして、真正面から向かい合っていたら身が持たない。すなわち本作は「分かり合えなくてもともと」という、現実の人間と人間のあり方をそのまま落とし込んだ作品と言える。
とはいえ、但し書きはつく。
本作のアフタートークで、中野は「もともと分かり合えない2人にしようと思っていた」と話している。
「今は皆さんの悩みと私の悩みは多分一緒。コロナ禍がいつ終わるねん、って。そういう、全員が全員同じことを考えている、今の状況がすごく嫌。分かり合えなくても存在していていい、みたいなことをしたかった」
”コロナ禍以前に”当たり前だった人間関係がモチーフの一つだった、というわけだ。
本作はコロナ禍をデフォルメしたような演出こそあれ、コロナ禍そのものを直接扱ってはいない。それでも私たちの今が「非日常」であることを再確認させてくれる、コロナ禍だからこそ誕生した舞台であることは間違いない。結成4年目の凱旋公演にふさわしい、時宜を得た作品だったのではないか。
地方紙の記者としては、こうした作品が神戸出身の演劇人によって生み出されたことがうれしいし、今後のKAVC FLAG COMPANYへの期待も高まる。
後は、「分かり合えなくてもともと」というコロナ以前の日常が早く戻るのを願うばかりである。
|プロフィール
溝田幸弘(みぞた ゆきひろ)
神戸新聞記者。1970年、大阪府堺市生まれ。神戸大大学院文学研究科修了、98年神戸新聞社入社。北播総局、社会部、文化生活部、整理部、北摂総局を経て2015年から文化部。19年、編集委員兼務。演劇と囲碁将棋を担当する。