|溝田幸弘(神戸新聞文化部)|オッサンを煩悶させる力
「自分の孤独みたいなこと、誰からも愛されていないんじゃないかという気持ちと、きちんと向き合おうと思う」
昨年9月。KAVC FLAG COMPANY 2020-2021の発表会見で、作・演出の合田団地はそのようなことを話していた。その言葉通りの舞台を見せてもらった、というのが第一印象だ。
なかなかにダークなコメディーだった。
主人公の西マサト(西マサト)は、人生に絶望していた。せめて夢だけでも…と眠りにつくと、夢に女の子(重実紗果)が登場。自分自身を全肯定してくれるその子に、西は「ゆめちゃん」と名付け幸せなひとときを過ごす。
翌日、西は職場の後輩(佐々木俊一/大石英史)に夢の喜びを話す。彼らは面白がって西に女性(重実紗果=二役)を紹介する。2人は動物園でデートすることになったが、女性に不慣れな西は完膚なきまでに振られる。ショックを受け、路上で大泣きする西。偶然通りかかって気の毒に思った女(海沼未羽)が声をかけ、時々2人で遊ぶ仲に。西はしばし心の平穏を得るが、女には彼氏(北川啓太)がおり、2人のことを快く思っておらず…。
シンプルな会話劇であり、派手な演出などはなかったものの、佐々木と大石が演じた2人の後輩役が印象に残った。終始テンションが高く、西を小馬鹿にしたような2人の役作りによって、西との心理的な隔たりが強調され、西が感じている孤独な心情がうまく表現されていたのではないか。
全体を通して、救いのない話であった。
だがしかし、西はどうすれば救われたのか。
職場の後輩から馬鹿にされ、「楽に死ねる薬」という言葉が常に脳内に響くような毎日。誰にも認められず、気づけばアラフォーになってしまい、「このままだとオナニーしかしていない人生になってしまう」とぼやくほど、自分の人生に手応えを持てずにいる。一方で、西を全肯定するゆめちゃんとの会話では「ゆめちゃんの前では心の鎧を脱げるようになった」と明かす…。
つまるところ西は、「ありのままの自分を認めてくれる存在」を切実に欲していたのだろう。すべての寂しさが自己肯定感の充足によって解消されるのかどうか、筆者には分からない。とはいえ、西と動物園でデートをした女性は、西について「好きっていう気持ちと、俺のことを救ってくれという気持ちがごっちゃになっている」と指摘している。こうした解釈を裏付ける言葉だと思う。
人は生きていく上で、自分自身の外部に「よりどころ」となる何ものかを必要とする。文化や時代によっては、それが神や宗教であったりもするけれど、現代日本では恋人やパートナーといった「自分以外の人間」が心の支え、というケースが多いだろう。そういった存在を通して人は、自分は今のままでも良い、あるいはこの部分を改善すれば存在しても良い、という風に、自分自身を肯定し、生きていける。 そのよりどころが神や宗教であればただすがるだけでもいいのかもしれないが、それが生身の人間、それも付き合う前の異性となれば、いきなりすがりついても気持ち悪がられるのが関の山だ。程よい距離感で、余裕を持って接しなければ引かれてしまう。「よりどころ」を持てないまま、長年生きてきた西は結局、それだけの心の余裕を持てないほど追い詰められていたのだろう。
…と、大所高所から偉そうなことをのたまってしまったが、鑑賞直後はこのような客観的な視点を持つことはできなかった。自爆を繰り返す西の姿に、若い頃の自分自身が何度もオーバーラップし、正視できなかったというのが正直なところだ。
寂しさ。孤独。
1人ぼっち。
筆者も若い頃はこれらに怯えて生きてきた。どうすればボッチにならず、あるいはボッチと思われずに生きることができるか、絶望感に苛まれながらいろいろと突き詰めて考えたものだ。
けれども50歳を迎えた今、そういったことに心が煩わされることはなくなった。もちろん自分が上手に生きられるようになったという訳ではない。寂しさや孤独感は何歳になっても折に触れて心をむしばむ。それらに苦しむのではなく、単に何も感じなくなった、「慣れた」というのが近い気がする。
本作に関して、合田は劇団HPに「正しいオッサンになれる自信がない」という言葉で始まる一文をつづっている。まあしかし、それは大半の男がそうだと思う。自信など持てないまま、ただただ年を重ね、気づけばオッサンになっている。そして筆者のように、若い頃にあれだけ煩悶したことも忘れ去り、日々の雑事に埋没して毎日を過ごしているのではないだろうか。
寂しさに慣れるのがいいことなのかどうか、正直分からない。ただ作品の話に戻れば本作は、すっかり不感症の中年男となった筆者のような人間が若かりし日を思い起こして胸をかきむしる、それだけの熱量を持ち合わせていたのは間違いない。100人中99人が通り過ぎる、忘れてしまうような疑問でも、納得できなければ考え続け、世の中に突きつける。それが合田という作家、努力クラブという劇団の強みなのだろう。
|プロフィール
溝田幸弘(みぞた ゆきひろ)
神戸新聞記者。1970年、大阪府堺市生まれ。神戸大大学院文学研究科修了、98年神戸新聞社入社。北播総局、社会部、文化生活部、整理部、北摂総局を経て2015年から文化部。19年、編集委員兼務。演劇と囲碁将棋を担当する。