• 劇評
  • 演劇・ダンス

KAVC FLAG COMPANY 2020-2021 オパンポン創造社『オパンポン★ナイト〜ほほえむうれひ〜』劇評|溝田幸弘

2021年2月26日(金)28日(日)

  • Archives

溝田幸弘(神戸新聞文化部)「苦笑させられる理由」

 俳優・野村有志については、昨年度のKAVC FLAG COMPANY、コトリ会議の「セミの空の空」に出演したのを覚えている。インパクトの強い演技と存在感が印象的だった。
 一方で、劇作家・演出家としての野村は、今回の「オパンポン★ナイト ~ほほえむうれひ~」が初見である。短編3本のオムニバスである本作は、いずれもシンプルな会話劇だった。

 1本目の「サンセット」は、日野(飯嶋松之助)と落合(川添公二)の雑談から始まる。小さな部屋の中、2人はとにかく馬鹿でかい声で、延々とくだらない話を続ける。飯島・川添の熱演もあり、漫才師のパワフルなコントを聴いているようだった。
 そこに野村扮する月村が入ってくる。ハイテンションの2人とは見るからに温度差があり、小箱に腰掛けずっとうつむいているだけだ。やがて落合に絡まれ、キレる。「何でそんなに騒げるんですか‼」
 …ところが、2人のバカ騒ぎにはまっとうな理由があった。おバカな2人と真面目な1人、という予想がまず裏切られる。さらにクライマックスで、再び予想外の展開が待っていた。

 2本目「てんびんぼう」は、とある弱小誌の編集部での話。
 柔道・無差別級で2大会連続金メダルを取った選手・小野田が、次は陸上短距離で五輪に出場するという。人類史に残る快挙を成し遂げようとしている小野田に日本中が注目する中、編集部に若い女性・法子(成瀬遥)が訪れ、小野田の浮気を告発しようとする。有頂天の芸能記者・田代(伊藤駿九郎)。そこにスポーツ記者・瀧(野村)が登場する。小野田の特集記事で一稼ぎしようと目論む瀧は「うちの企画をつぶす気か」と、告発記事をもみ消しにかかる。
こちらも話は二転三転。小野田は浮気をしたのかしなかったのか、それをマスコミに認めるのか否か。瀧はその都度「記事を出す」「出さない」と、建前を書き換えては右往左往し、その末に…。

 そして3本目の「bikeshed」。
質素な部屋に初老の男(殿村ゆたか)と孫(飯島松之助)が座っている。2人は、テーブルにある料理皿を眺めている。
 この日のメーンディッシュ。それは、セミだった。しかも生きている。
 「面白いじゃないか」と男は笑う。
 「信じられない」と孫は怒る。
 やがて呼ばれたシェフ(野村)が恐縮しながら顔を出す。
 なんでこんなものを出したのか? そもそもなぜ料理人をやっているのか? 男はシェフと、延々話し続ける。孫の怒りはさらに膨れ上がる。なんでこんな時に、そんな話を、と。なぜなら今は…。そこにもう一人の男が現れる。初老の男を、とある場所に連れて行くために。
 そして私たち観客は、3つの物語が一つの結末へと収斂していくのを見届ける。

 各短編に「どんでん返し」があり、話は思わぬ方向に進む。そういう意味で本作は〝劇的〟ではあるけれども、コメディーのドタバタを見た時のような爽快感はない。笑いはそこかしこに散りばめられているが、少なくとも本作に関してはバカ笑いではなく苦笑いの方が多かった印象だ。 そして、それが野村の狙いなのだろう。

 本作では物語が「どんでん返し」に行き着くたびに、登場人物は何らかの決断を迫られるわけだが、そこで彼らが直面する問いはどれも重く、苦しい。
例えば「てんびんぼう」では、小野田のスキャンダルが記事になるかどうかで、彼のスポーツ選手としてのキャリアは大きく変わる。瀧の判断が、小野田の人生を左右すると言ってもいい。けれども瀧が判断を下す根拠は一貫して利己的であり、軽薄である。おいおい、そんなことでいいのか、と突っ込みたくなるほどに。
ただ、現実の人生においてはこんなことは珍しくないのだろうな、とも思う。人生は、隅から隅まで自分が思い描いた通りに進むわけではない。良くも悪くも、自分のいないところで人生の大事なことが決まる、決められてしまう。そんな経験は、多くの人が思い当たるところではないだろうか。
さらに、瀧と小野田のケースでいえば、瀧の判断の根拠は軽薄である、と先に述べたが、それは厳密に言うと「瀧以外のすべての人には軽薄だが、瀧にとってはその後の彼のキャリアを左右しかねない重要な判断の根拠」である。
私にとってはきわめて重要なこと、でも私以外の人にとってはどうでもいいこと。完全に対立する価値観の衝突が、客席からは悲喜劇に映る。世界のあちこちで、毎日こんな光景が繰り返されているのだろう、と思わせながら。

  オパンポン創造社のユニット紹介を見ると、「ペーソスと笑いを融合させ泥臭い人間模様を描くのを得意」―とある。
  物語の設定や展開は突飛ながらも、登場人物の造形は上述のような意味で非常に現実的だ。重たい問題を突きつけられ、ある者は現実逃避し、ある者は自己中心的に解決に持って行こうとする。英雄的な立派な人物はどこにもいない。いかにも小市民なありようは、私たちが日々葛藤しながら押し殺している心情を舞台上にぶちまけたようで、まったく苦笑するほかない。それが劇作家・演出家野村有志の力であり、客席に「ペーソスと笑い」を届ける理由なのだろう。

|プロフィール

溝田幸弘(みぞた ゆきひろ)
神戸新聞記者。1970年、大阪府堺市生まれ。神戸大大学院文学研究科修了、98年神戸新聞社入社。北播総局、社会部、文化生活部、整理部、北摂総局を経て2015年から文化部。19年、編集委員兼務。演劇と囲碁将棋を担当する。